
太鼓の音がまだ耳に残るなか、私はもうひとつの約束を思い出していた。「体験してきてね」という、編集長からのお達しである。
後日、あらためて滝行を体験させてもらうことになった。案内してくれたのは、冒頭でも触れた案内人の長谷さんだ。圓光寺とは親戚にあたり、不動滝を護る会とともに滝のお世話をしてきた人でもある。
見物人のつもりが、いつのまにか当事者になっている。編集長のお達しと、法要で見た参加者たちの「生まれ変わったような顔」に、感化されてしまったのだ。
滝行当日は、金沢のヨガ教室の方たち7人と一緒になった。毎年訪れているというヨガの先生は、「終わったらすっきりしますよ。瞑想になります!」と笑った。
まず教わるのは、手の組み方と唱える言葉。長谷さんが丁寧に説明する。
「入る前に、不動明王に金剛合掌でお参りをします。金剛合掌とは、通常の合掌を右手が上になるように手をずらした合掌を言います。この合掌にすることで、仏様との結びつきがより強くなると言われているんです」
続いて教わったのは、滝に入ってから結ぶ「印」と呼ばれる構えだ。
「手を組みグーの形を作り、親指を中に入れて人差し指を立てます。これも右手が上になるように行ってください」
中には、何度結び直しても、左右がひっくり返る人もいるようだ。世の中には利き手があるように、利き印というものもあるらしい。幼少期に『孔雀王』という映画をみて以来、印を結ぶことに密かに憧れていた私は、少し浮ついていた。しかし、と長谷さんは付け加える。
「印を結ぶのは、滝に入っている時だけにしてくださいね」
それなら今だけは憧れの印を心ゆくまで結んでやろう、と心の中で思う。
唱える真言は、「のうまくさんまんだ、ばあざらだんかん」。
不動明王をはじめとする、あらゆる守護尊に礼拝するという意味を持つ、短い版のご真言だという。通常版はもっと長いらしいが、「今聞いてもすぐには覚えられないと思います」とのことだったので、短いほうをひたすら繰り返した。口の中で何度も転がしているうちに、意味よりも先に、音の形だけが体に染みついていく。
水温は16度。サウナの水風呂と同じ冷たさだという。水量は少なめ。初心者には、もってこいのコンディションだ。
まずは足元から水をかけて、体を慣らしていく。「ひゃっ」と間抜けな声が出た。心臓のあたりは念入りに、と言われた通りにかける。滝壺の隣では、5歳くらいの男の子とお母さんが水生昆虫を探して川を覗きこんでいた。楽しそうに川に浸かる男の子を眺めながら、アラフォーの私が弱音を吐く訳にはいかないと、気合いが入る。