
さて二日間の取材がおわった次の日。私は「DAIR(ダイヤ)」で、このリポートの構成を考えていた。
それにしてもこのアーティスト・イン・レジデンスは、はっきり言ってすごく良い。申し込みすれば、誰でも使えるという敷居の低さも魅力だ。大子に住むアーティストも使うことができるし、DAIRの管理人をつとめるデザイナーの飯田萌美さんなど、町のアートに関わる人たちが出入りしているのも、なんだか心地よい。DAIRを見守っている、「まちづくり課」の人たちも親切だ。こんなアート施設がある町って、アーティストからすれば最高だよな、と思う。思えばDAIRがあるのも、山岡草のような芸術家が、大子を愛したことが遠因になっているのかもしれない。


そんなことを考えながら、私も、山岡草のようにいつのまにか大子を、そして大子に漂うアートを温かく包み込むような雰囲気を、好きになっていることに気づいたのだった。うん、この取材の最後のインタビューは、田那辺さんにお願いしよう! と私は思った。だってこの町で育った田那辺さんが、山岡草の人形をずっと気にかけていたことがきっかけで、私はいまここにこうしているのだから。
仕事が終わってDAIRへ来てくれた田那辺さんに、「どうして田那辺さんは公務員になったんですか?」と単刀直入に尋ねた。私が知っている田那辺さんは、ずっと以前からアートプロジェクトやマルシェなどにこまめに顔を出し、そこで出会った私のようなアーティスト、若者、民間で働く人たちを応援している人だ。田那辺さんは、いつでも「みんなのサポーター」なんだよな、と常々感じていた。それは私の中での「公務員」のイメージとは、かなり違っていた。
その質問に対して、田那辺さんは「大子のまちなかでずっと商売に携わってきた両親の姿を見て育ったので、お客さんのためにどう動いたらいいか、と考えることが根底にあるのかもしれないです」と語った。だから行政の都合で動くのではなく、行政の枠をはみ出さないようにしつつ、自分の好きなことをやっているだけなんですよ。と田那辺さんはにっこりした。