未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
287

町をつつむ物語 謎多き人形作家・山岡草が最後に暮らした里を歩く

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子(表記があるもの以外すべて)
未知の細道 No.287 |25 August 2025
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#10物語を生きる

山岡の人形についても、担当になる前から、中央公民館に保管されているのは知っていた、と田那辺さんは続けた。

この人形たちはいったいいつ、日の目を見るのだろうか……。そう思っていたところ、美術館立ち上げプロジェクトの担当になった。そして作品の目録づくりのために、一点一点の人形を抱き上げ、その重みを感じながら写真を撮った。 「あの人形は紙の塊で、実はすごく重いんですよ。自分のように作品の重さを知っている人は、あまりいないかもしれない」と笑った。

では山岡草の作品は、田那辺さんにとってどんなものなのかと改めて聞くと「人形を本当の大家族のように手元に置いて大切に作り続けた山岡のことを考えると、人間の幸せとはいったいなんなのか? ということを考えさせられる。そういう作品に関わることができて幸せですよね。それに芸術を守るために、やはり行政の力は必要で、自分たちはそれに携わるチャンスをもらったのだから、その努力をするべきだと思ってます」

(撮影:山岡草)

さらに田那辺さんは「自分ができることは、できるだけやりたい、というのには理由があるんです」とふいに語り出した。

「実は、自分の子どもを幼くして亡くしてしまった経験があるんです。ずっと闘病してたんですね。私や家内も大変だったけれど、やっぱり本人が一番大変だっただろうと思うんです。そういう経験もあって、人が困っていたら、一緒に悩んだり、なにか私にできることがあったらやりますよと言ってあげたいんです。あの時いろんな人に助けてもらったからこそ、なにか恩返ししたいという思いが、常にありますよね」

田那辺さんと知り合ってから4年。初めて聞く話だったので、私は驚いてしまった。

そうか、田那辺さんが山岡の子どもともいえる人形に惹かれたのは、もしかしたらだけど、田那辺さん自身の経験につながっていることなのかも知れない。そう思ったけれど、それを口に出すのはあまりにも軽々しいような気がして、黙っていた。

人形やアートみたいなものが、いまを生きている人間の心にそっと寄り添うことは、きっとありえるだろう。そういえば「アートは物語だ」と副町長も言っていた。そう、いつだって「物語」が現実の人間を癒し、励ましてきたんじゃないか。私たちも常に自分の人生の「物語」を生きている。「物語」と、自分たちの人生が混ざり合う時に、何かが起こる。そこにこそアートの価値があるのだから。

田那辺さんはまた話題を変えて、「山岡さんに一度でいいから会ってみたかったなあ。もしいま、山岡草が生きていたら95歳。95歳の山岡さんはどんな作品を作っていたのかな? と思うんですよね」と私に問いかけてきた。

「手記をすべて読み込めば、山岡の作品構想を類推することは、できるかも知れませんよね」と私は返した。

「65歳のその先の山岡草の作品を知りたいですね。手記をもとにAIの山岡さんを作って、その『AI山岡草』と喋ったり……。そんなことできますかね、いつか?」と田那辺さんは続けて言う。私たちは笑いながら、未来のプロジェクトについて話し合いを続けた。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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