
田中さんの「情熱」の源泉は、「海の生きものが好き」というシンプルな気持ちだ。千葉県出身の彼女は子どもの頃から鴨川シーワールドが「ホーム水族館」で、イルカショーのお姉さんに憧れた。その夢を抱いたまま高校生になった時、「専門知識があったほうが、仕事の可能性が拡がりそう」と考え、獣医学科に進学した。
ところが実は、水族館の獣医はとんでもなく狭き門だった。全国の水族館はたいてい獣医がひとりで、いない場合もある。途中で職場を離れる人も少ないため、毎年、求人がひとつ、ふたつあればいいほうなのだ。
田中さんも新卒では水族館に就職できず、小動物の動物病院で半年勤務。その後、牛のコンサルタントに転職し、酪農家や肉用牛農家に経営を指南していたという。そうして陸の動物に関わりながらもずっと水族館の仕事を探し続け、2024年にようやく巡り合えたのが、がうみがたりの求人だった。
「30歳になるタイミングだったので、これが最後のチャンスだと思って応募しました」
その覚悟が伝わったのか、見事採用を勝ち取り、2025年2月から働き始めた。
うみがたりは「飼育もしっかりできて、初めて獣医の業務が成り立つ」という考え方で、田中さんは獣医としてうみがたり全体の生きものを担当しながら、ペンギンとアザラシの飼育スタッフとしても働く。初めて飼育をするようになって、ペンギンの虜になった。
「もう、仕事が楽しくてしょうがないんですよね。イルカショーのお姉さんにあれだけなりたかったのに、忘れてしまうくらいで。こういうのを天職っていうんだなって思います。ペンギンって人間味があるんですよ。100羽いれば100通りの性格があって、想像以上にかわいいんです。休日も、推しペンの写真を撮りにきちゃったりします。同じ趣味のスタッフもいるので、これ可愛いでしょ?って写真を見せ合ったり。ここで働き始めてから、ペンギンオタクになりました(笑)」
仕事で毎日接しているのに、休日に写真を撮りにくるなんて、どれだけペンギン好きなのか! 「天職」だと思っている人に見守られているペンギンも幸せだ。
「みんなに楽しく長生きしてもらいたい」と語る田中さん。ペンギンランドができた1993年から33年間、飼育スタッフはきっとみんな、同じような思いでペンギンに接してきたのだろう。だからこその日本一なのだ。