
父親が転勤族で、幼い頃は家族で転々と暮らしていた大阪谷さん。9歳の時に6年間過ごしたシンガポールから帰国して千葉に住み始めてからは、千葉が故郷になった。子どもの頃から手先が器用で、ビーズでアクセサリーを作るのが好きだったそう。
「人からやりなさいと言われたことには興味を持てず、自分が面白いと思えることにしかやりがいを感じられなくて。母親の話もあまり聞かずに、いつも困らせていました」
そう聞くと学校生活に向かなさそうなタイプのように思えるが、先生からの評価をあげたい気持ちはあり、いわゆる「いい子」だったそうだ。
大阪谷さんの転機となったのは、高校受験。志望校に受からず落ち込む大阪谷さんに、塾の先生は「大学受験が本番。腐ってる場合じゃないぞ」と声をかけた。
素直に受け止めた大阪谷さんは、高校進学後、勉強と部活の両立に励む。朝から夜まで部活に勤しみ、大学受験に向けて塾にも通った。深夜1時過ぎに帰宅し、睡眠時間が2、3時間の生活を1年続けたところで、体に変化が現れる。
「自律神経が崩れ、急性腰痛も発症し、次第に勉強も部活も人間関係もうまくいかなくなって。メンタル面にも影響して、2年生の後半ぐらいからはもう学校に行きたくなくなっていました」
なんとか高校を卒業したものの、大学受験できるような状態ではなく、そこからの2年間はほぼ寝たきりに。識字障害も発症し、大好きだった本も読めなくなった。
その後、通院しながら少しずつリハビリを始め、また本が読めるようになったのが療養4年目の2013年。これをきっかけに、「もっと勉強がしたい」と思い立ち、大学入試に向けての勉強を始めた。
「詰め込み型の勉強からは離れたくて、古典の原書を読んだり、地元の歴史民族博物館に行ったり。学びたくて学んでいたので、吸収が早かったですね」
その年の12月、頻繁に顔を合わせていた中高時代の塾の恩師から、早稲田大学の受験を勧められた。締め切りギリギリに願書を提出し受験すると、なんと合格。早稲田大学で、大阪谷さんはその後の人生を左右する出会いを果たす。