
大阪谷さんには、もうひとつ大きな目標がある。それは、5年以内に就農することだ。南房総で関わってきた生産者の平均年齢は60代後半。時間が経てばますます高齢化は進み、農業を教えてもらうことも難しくなるかもしれない。
さらに、購入した空き家で、農業体験に来た人が泊まれる民泊も始めるつもりだ。
「その空き家の屋号が 『伝右衛門』だったんですよ。地元の人は、そのお家の人を屋号で呼ぶんです。でんえもんが略されて、地域の人はでえむと呼ぶので、会社名はデエム(DIEM)にしました。DIEMはラテン語で『1日』を意味していて、本来ディエムと読むのですが、1日1日の営みを大切にすることと『でえむ』の音を掛け合わせています」
農業を始めたら、工房はどうするのだろう。
「ここの活動に興味を持って来てくれる人も増えてきているんです。なので、地域の魅力を発信する拠点として、工房は残すつもりですが、運営は他の人に継いでいるかもしれません。10年先、20年先まで里山を残すための方策を考えていかないとな、と思っています」
大阪谷さんには、忘れられない景色がある。初めてサークル活動で南房総を訪れた時に見た、「はざかけ」だ。
手刈りした稲を竹竿にかけ、日光と風でゆっくり乾燥させる。田んぼにずらりと並ぶ稲を見て、大阪谷さんは「まさに日本の原風景だ」と感じた。
さらにその日、稲刈りをしていると、稲の中にカヤネズミの巣を見つけた。日本で一番小さなネズミと言われ、自治体によっては絶滅危惧種に指定されている。
祖父母も両親も会社員で、農家の親戚もいなかった大阪谷さんにとって、人の営みとともにさまざまな生き物が暮らす里山の環境は、大きな衝撃だった。
しかし今、その風景は少しずつ姿を消している。農業の担い手が減り、耕作放棄地が増えているからだ。背丈ほどの草が生い茂った土地は、イノシシなどが身を隠したまま山から里に下りるルートにもなる。
「人間が里と山にきちんと線を引くことで、動物も出てきづらくなります。そうすれば、動物を殺さなくて済むんです。でも今は、人が足りません」
大阪谷さんは、賛同してくれる生産者のもとで柵を張ったり、若い人を連れてきて援農活動や草刈りをしたりしている。本当は、地域全体を柵で囲えれば効率がいい。しかし、地域のなかでのさまざまな調整やコンセンサスを取る必要があり、簡単ではない。
「できるところからやっていくしかないんです。できるところから関係を深めて、よりよい手を打っていく。地域に関わってくれる人をひとりでも増やす。本当にまずひとりから、という感じですね」