
臨床心理士の資格を取るために、大学では心理学部に入った。自身の経験を生かして、子どもを支援する立場になりたいと考えたからだ。
入学後はいくつかのボランティアサークルに所属し、子どもをサポートする活動を始めた。そのうちのひとつが千葉県の南房総に子どもたちを連れてきて、現地の子どもたちと一緒に田んぼの手伝いをすること。月に1回、田植えや稲刈りなどの農作業を行った。
その傍らでお手伝いに行っていたのが、農家の団体「三芳村生産グループ」の田んぼ。1970年代から無農薬・無化学肥料で農業を続けていて、多品目少量生産に取り組んでいた。子どもたちとの活動とは別に、農作業を手伝うこともサークル活動のひとつで、飼っていた鶏を捌く作業も経験した。
「初めて見た時は、もうお肉を食べられないかなと思ったんですが、その日の夜から食べてましたね。むしろ、これまではお肉を残すこともあったし、命のかけらを見落としてきたんじゃないかなと反省して。できるだけ、動物の命をいただいていることを意識できるように、生産の現場の近いところで生きていきたいなと思うようになりました」
ただ、この時は、農業を仕事にしようとはまったく思っていなかったという。
大学4年生になり、進路に迷った。大学院に進んで心理士の資格を取り、子どもと向き合うことが、本当にやりたいことなのだろうか。悩んだ末に、1年間の休学を決めた。
休学中も、自宅から南房総に足を運んだ。農作業に没頭したり、生産者と話をしたりすることで少しずつ気持ちがほぐれ、目の前に広がる田畑の風景にも癒された。でも、あと20年もしたら、農家の後継者不足でこの景色もなくなってしまうかもしれない。
「やっぱり私は農業に関わっていきたい」
そう思ったものの、いきなり就農する覚悟はなかった。それに、0から1を生み出すのは得意だが、1から先をコツコツ取り組むのはどちらかといえば苦手なタイプで、自分が農業に向いているとも思えなかった。
農業に関係する仕事を探すなかで、JAの出版団体に就職が決まった。