未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
315

100年続く盆栽の聖地 静かなる盆栽村を歩く

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.315 |13 October 2026
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#5次の100年を目指して

蝦夷松「轟」

この生きる収蔵品、盆栽の名品の数々を管理するのが、盆栽技師チームだ。美術館の盆栽技師のリーダー、中村慎太さんは新潟県出身。「新潟は産地でもあり、盆栽は身近でした」という中村さんは、高校卒業後、盆栽職人を目指し、盆栽村の盆栽園、清香園に入門。6年間修行し、植物を育て、整形する技術を学んだと言う。その後、美術館に盆栽技師として就職。

美術館での仕事は盆栽の育成と管理だ。水やりを基本に、生き物である盆栽を大きくしたり、逆に小さくしたりの手入れや消毒などを日々行う。毎週、一度の展示替えのために、季節の見頃の盆栽を見繕うのも中村さんたち、盆栽技師の仕事だ。ほかに庭園で展示する盆栽の配置換えもある。

27年近く、盆栽職人として働いてきた中村さん。今でも水やりをするという。
水やりとは木ごとの状態と季節を把握する技術とされ、「水やり3年」「水やり一生」とも表現される。

「水やり三年」と言う言葉のイメージからも、水やりは入門したての弟子の仕事と思われがちだ。しかし中村さんは「木の調子を見ながらの水やりが一番重要な仕事で、一番難しいんです。簡単じゃない。自分も定年まで、水やりをしているんじゃないでしょうか」と中村さんは淡々と語った。

年々暑さが増していく環境の変化も大きい。「最近の関東の夏場の暑さは、盆栽にとっては過酷な環境です」と中村さん。夏場の管理は年々厳しくなり、最近は遮光ネットをかけるなどの工夫が欠かせないという。

高温化のなかで、名品を管理することへの難しさは多い。庭園には「轟」と名付けられた蝦夷松がある。この盆栽は昭和初年、大宮盆栽村の盆栽園・蔓青園が、現在の国後島で山採りした樹齢1000年の蝦夷松で、大宮盆栽村の中でも歴史的な名品である。「人間がこの木を育てたのは100年くらいのことで、その何倍も長い時を自然の中で生きてきた木ですよね」それを次の100年に残せるか、という責任もある。

そのためにも盆栽に携わる後進の育成にも力を入れている。さらに最近では美術館として、「銘木のDNAを残していくプロジェクトも始めています」と中村さん。今残っている古木の枝を切って土に差して根を出させ、木を繁殖させるのである。美術館として、様々な形で後世に盆栽文化を残そうとしているわけだ。

水やりの特殊なジョウロ
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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