大宮盆栽美術館をあとにし、盆栽町へ。人口130万人のさいたま市は大都市のイメージがあるが、ここは打って変わって緑が多く静かな地域だ。家家には生垣や盆栽も多い。
かつて自治村だった盆栽村には、盆栽を10鉢以上持つこと、門戸を開放すること、2階建てを作らないこと、生垣を設けることなどの住民協約があったという。今でもこの地域にはその名残があり、緑が溢れているわけだ。
また当時から盆栽村は盆栽を愛好する人々の高級住宅地でもあった。第二次世界大戦後は、そのような高級住宅街がアメリカ軍に接収され、当地に居住したGHQ将校らを通じてアメリカへ盆栽文化が伝わり、国際化が進んだという背景もある。
さて盆栽園は最多時には35軒あったという記録もあるが、現在は6軒まで減少している。盆栽町の高級住宅地化により、若い世代が村内で盆栽園を構えることが難しくなっていることもあるという。
現在残る6園は、大型または中型の松柏、雑木など、それぞれ得意とする樹種・大きさ・技術を持つ。自治村だったころの盆栽村の住民規約のひとつに、「門戸を開ける」というものがあり、その名残で、今でも誰でも盆栽園を気軽にのぞくことができる。その中のひとつで、江戸時代創業という歴史的な盆栽園、清香園の専務、山田寅幸さんを尋ねてみた。
「コロナ以降、外国からの来園者が増加し、盆栽への関心の深まりも感じられますね」と山田さん。
もちろん従来からの日本の愛好家が盆栽文化を支えている一方、若い来園者も増えているという。
「盆栽は、手のひらに乗るような盆栽も盆栽なんですよね。そのような入口から、若い世代が楽しみながら育てる例が増えています」と山田さん。
清香園では埼玉だけではなく、東京、神奈川、千葉など関東各県に初心者向けの盆栽教室も実施しており、女性の参加者が多い。各地合わせて、毎月2500名もの受講者が通っているというから驚きだ。
山田さんは20数年にわたり、清香園の盆栽の管理に携わってきた。日々の仕事では一鉢一鉢の状態を見極め、肥料が必要か、虫や病気はないかを確かめる。季節や樹種によって作業は変わり、夏の晴れた日はほぼ一日中水やりに追われる一方、冬は針金かけなど、時間をかけて木の姿を整える作業が中心になるという。
園では来園者から預かった盆栽も管理しており、持ち主が様子を見に訪れることもある。針金かけや植え替えを含め、長い時間をかけて木と付き合う仕事だ。数百年を生きてきた盆栽に触れていると、自然のなかで生かされていることや、木のたくましさを感じるという。「来園した方にも、そうした感覚を味わってもらえたら」と山田さんは話す。
一方、屋外で育てる盆栽にとって、やはり近年の異常気象は大きな課題となっている。清香園では2025年から夏季に遮光ネットを使い始めたが、いまではネットなしでの管理は難しいという。気温や雨の状況を見ながら外す時期を判断するため、夏から秋の初めに雨が多かった今年は、特に神経を使ったそうだ。
植物を相手にする仕事には、同じ日はない。環境の変化だけでなく、科学やAIの進展によって更新される情報にも目を配り、職人として「一生勉強」の姿勢を大切にしているという。
「焦らず急げ」。20年以上前に四代目から聞いたこの言葉を胸に、山田さんはこれからも腰を据えて盆栽と向き合っていきたいと語ってくれた。
清香園を後にし、盆栽村の木々をもう一度ゆっくり見ながら、帰路についた。
長い時を生きる木々の前では、盆栽に関わる人たちも学びが終わることはないのだろうな、思いながら歩いた。