3月末、まだ冬季休館中の多津衛民芸館を訪れると、雪が残る敷地内を黒猫が2匹、横切っていった。館内をストーブで温めて迎えてくれたのは、ロジャー・マクドナルドさん。私が受講した「アート・コーヒー・クラブ」の講師で、2024年4月から多津衛民芸館の3代目館長に就任した人物だ。
靴を脱いで館内に入ると、「お茶でもしていきなさいよ」とばかりにまず喫茶コーナーが出迎えてくれる。傍らには民芸館が年に1回発行する機関誌「平和と手仕事」が並べられていた。
展示室に入ると、左手には広々した企画展示用のギャラリースペース。右手には遊び心のある小さなロフトがあって、迷路のような階段は子どもたちが喜びそうだ。
「ギャラリーもロフトも、ここの理事でもあった曽我一朗さんという木工作家の方にお願いして、去年作ってもらったんですよ」
ロジャーさんは嬉しそうに紹介してくれた。




小林多津衛の書斎をイメージしたという最初の展示には、棚の上段に小林が愛読した文芸誌「白樺」の復刻版がずらり。他の民芸館にはなかなかない貴重なものだという。下段には、小林が最初に蒐集していたという江戸時代のお猪口が並び、その横には、小林が敬愛した哲学者や美術家の本。
奥には、日本の民藝運動とも関わりが深いイギリス人陶芸家、バーナード・リーチのコーナーとグランドピアノ。ロジャーさんは、木製テーブルの上にうやうやしく鎮座していた古い本を一冊、私の前に差し出して言った。
「多津衛先生は柳宗悦のこの本(『ウィリアム・ブレーク』)を読んで、感動して柳とリーチを講演に呼んだんです。リーチが多津衛先生の自宅に行った時に、床の間に置いてあった小さな壺を見て、その絵柄と同じようにその場でさらさらーっと描いてくれたものがこれです」
ロジャーさんが手に取った小さな壺とその横に展示されている絵を見比べてみると、確かに同じ絵柄だ。
河井寛次郎や濱田庄司といった著名な陶芸家の作品にまぎれて、小林多津衛自身の染め物や、地域で使われてきたという無名の作家の焼き物。ミレーやゴッホの絵のレプリカと、なぜかガンジーの肖像画も展示されている。展示にはすべて英語のキャプションと説明文がついていた。
「せっかくなら国際的な動きの中で民藝を捉えたいと思ってね」
穏やかに話すロジャーさんは、横浜トリエンナーレやシンガポール・ビエンナーレなど、国内外で活躍してきたアートキュレーターである。「まさかここの館長になるとは思っていなかったけどね!」と笑うが、一体どのように多津衛民芸館と関わりを深めていったのだろう。