ロジャーさんが理事として最初にとりかかったのが、所蔵品の整理と展示のリニューアルだ。
「私はキュレーションの専門家なので、それだったらできると思ったんです。整理されていないものが地下にたくさんあって、自分なりに少しずつ勉強しながら整理をはじめてみると、雑誌『白樺』の原本などの貴重なものも出てきたんです」
あるときロジャーさんは、民芸館のテーブルの上にポツンと置いてあった一冊の本を見つけた。オーストラリアの社会学者、テッサ・モーリス・スズキさんによる「Japan's Living Politics」である。パラパラとページをめくると、それは長野県中部の草の根的な市民運動を研究した本で、多津衛民芸館の創立メンバーへのインタビューも掲載されていた。
「これ、すごい本ですよ!」ロジャーさんが興奮して他の運営メンバーに言っても、「英語で書いてあってわからないし、誰も読まないから……」と反応は今ひとつ。慌ててまずは自分で読み込み、内容を翻訳して理事メンバーに説明する会を企画した。
そこには、小林多津衛らによる民藝運動をはじめ、佐久地域の住民による活動がいかにユニークなことなのかが書かれていた。
ロジャーさんは当時館長だった吉川さんと会話を重ね、整理した資料や「Japan's Living Politics」を参考に、歴史的な文脈がわかるように展示をリニューアル。
「『平和と手仕事』という冠を掲げた民芸館って、世界でもかなり珍しいんです。だからこそ、やっぱりコレクションが民芸館の背骨であるべきだと思ってるんですね。多津衛先生はもう生きていないけど、彼が作ったコレクションはまだ生きている。そこに西洋の印象派絵画の複製も一緒に展示することで、メッセージを補強しました。民芸館の試みとしては、珍しいと思います」
館内には、厳しい労働を優しく描いたミレー、貧しい農民の姿に目を向けたゴッホの作品など、日本の民芸運動と通じる印象派絵画のレプリカがならぶ。ロジャーさんは2022年にはそれまでの実践を「DEEP LOOKING-想像力を蘇らせる深い観察のガイド」という本にまとめ、民芸館でも「深い観察」を実践した。
他の理事のメンバーもそれぞれの専門分野をいかして、木工のワークショップや映画鑑賞会、コンサートや子ども向けのアート教室など、地域の人達を巻き込んでいくプログラムを企画した。
「ここをつくって運営してきた先輩たちの関心や好奇心はすごいんですよ。平和、労働、農業、資本主義……いろいろなテーマで常に勉強会をしている。それが多津衛先生の教えなんだと思います。そういうのを見聞きしていたら、アートもアートだけで語るより、社会のなかに今ある様々な問題と一緒に語る方がいいと思うようになりました。それが多津衛民芸館の姿勢だと思うんです」
望月という地域のコンパクトなスケール感が、いい意味で暮らしのあらゆる分野をひとつにしていると、ロジャーさんは言う。