ロジャーさんにとって、本格的に民藝を知る入り口になったのが多津衛民芸館だった。
小林多津衛も吉川前館長も、「民藝は見るものではなく使うもの」という考えの持ち主。誰もが気軽に出入りをして、人間国宝がつくったようなすごい作品でも触っていいし、コーヒーを飲んでゆっくりと過ごしてもいい。壊してしまったら金継ぎという素晴らしい技術で直せばいい。それは、それまで東京で暮らしていたときに抱いていた民藝のイメージとはまるで違った。
「むしろこっちのほうが生きている民藝っていう感じがして、あるべき姿なんじゃないかと思うんですよね。泥だらけの農家さんが畑から直接ここにきて野菜を売る横に、人間国宝が作った壺も置いてあったりするんだけど、野菜も壺も、どっちも泥からできてるんだからいいじゃんみたいな。ここでいろんなことを学んでいます」
「アート・コーヒー・クラブ」では、毎回定員を上回る20人ほどが集まり、つながりが生まれた。70代、80代の先輩方の深い文化的な知識に驚かされる場面も度々あった。ロジャーさんはそれを「理想的な地域の文化空間の姿」だと言う。
「多分どの地域にも、文化芸術に関心のある人っていうのは一定数いるんだけど、それをアクティベートするかどうかだと思うんですよ。本来はどの地域でもやるべきだと私は思っているんだけど、せっかくコレクションと場所があるのに、それができている場所っていうのは残念ながら少ないですよね」
20年にわたって2代目の館長を務めてきた吉川さんにかわり、2024年、ロジャーさんが館長に就任した。最初に企画した展覧会は、半径15キロ圏内でものづくりをする人たちだけの展覧会「生活の輪展」だ。
その円のなかには、地元産の小麦を使ったパンや、地元のお米でつくるどぶろくなどに加えて、樹皮を編む工芸品作家や陶芸家、ピアノや絵画などを手掛けるアーティストや料理人など、さまざまな「つくり手」がいた。
「昔の人は、なにかが必要になると、誰々さんが作ってる服とか、誰々さんが作った道具とかを使って、村単位で生活していたと思うんです。そういう地域が持つ知恵を展覧会にできないかって思ったんですよね。それは、本来の民芸のすごく重要なところだとも思っています」