
最初の籠編み教室は、長野市のスーパーのカルチャーセンターからスタートした。受講料はカルチャーセンターでよくある標準的な値段だった。募集が開始されると定員はすぐ埋まり、数ある教室の中でも特に人気の教室になったという。
教室にまっさきに飛び込んだ1期生の、桑原喜八郎さんは、元・国語教師。竹細工などの手仕事が好きで、退職後の新しい挑戦を探していたとき教室に出会い、運命を感じて申し込んだ。20人近い受講者のなかで唯一の男性だった桑原さんは、器用で覚えも早く、船生さんの教えをプリントにまとめるなど熱心さが光っていた。教える人数が多く、手が回らないと感じていた船生さんは、桑原さんを2期以降のスタッフとしてスカウト。以来、桑原さんは教室を手伝いながら学び続け、今では籠の修理も任される一番弟子となった。
もうひとりの弟子の野田岳人さんは、デパートの催事で籠バッグの販売を担当している。修理相談を受けるたびに船生さんに学び、今では簡単な修理もできるようになった。 「その場で直すのは難しいですが、『明日までに直しますよ』と伝えると、お客さんに喜ばれるんです」と顔をほころばせる。野田さんによると、籠バッグを買い求める客層は以前は50代以上の女性が中心だったが、最近では若い女性や男性も増えているという。
この日は、名古屋から訪れた女性がオーダーした籠バッグを受け取りに来ていた。船生さんの作品のファンだという女性は、ご夫婦で長野に遊びに来たついでに立ち寄ったという。でき上がったバッグは、透かし編みの山ぶどう籠に、革のリボンを編み込んだ世界にひとつのバッグ。革細工作家だった船生さんの技術が生かされたデザインだ。
工房は常に人が出入りし、終始賑やかだった。教室の合間には桑原さんが育てたという桃や、長野産の葡萄クイーンルージュが振る舞われた。果物を頬張りつつ、野田さんや桑原さんから船生さんとの出会いの物語を聞いていた。すると船生さんがどこからともなく現れ、「人は出会うべくして、出会うと言いますからね」私たちにそうつぶやくと、また教室へと戻っていく。
山ぶどう籠を中心に人が集まる工房。「豊かな時間だな」という言葉がふいにこぼれた。
さまざまな職を経て、自分を表現する道を探し続けた船生さんは、山ぶどうという素材に出会い、今、その可能性を大きく花開かせている。作品がさらに世界へ羽ばたいていく未来を想像すると、なんだか胸が熱くなった。
取材を終えた帰り道、「船生さんからサインをもらっておけばよかったな……」 そんな後悔が、ふとよぎった。そして、いつか必ず籠バッグをオーダーしようと心に決めた。