
待ち合わせ場所に現れた船生さんは、穏やかな声と柔らかな笑顔の持ち主だった。
「まずは、お連れしたい場所があるんです。よかった!運動靴でいらしていますね」
これから山ぶどうが育つ森へ車で連れて行ってくれるという。
山ぶどうの籠は、山で採集した蔓の皮を幅数ミリのリボン状の「ひご」に加工し、それを編んで作られる。採集できるのは梅雨の時期のわずか2週間だけ。その短い期間を逃さず、船生さんは山に入るという。
「今から、沢沿いの山ぶどうを見に行きます」
川が流れる沢のそばに生える蔓は、水分と栄養が豊富な環境で育つため、油分が多くしなやかになる。そこから採れる蔓の皮を「沢皮」という。他にも山奥で育った蔓から採れる皮を「山皮」といい、全体の6~7割を占める。沢皮はより希少で、全体の3割ほどしか採れない。
木漏れ日が気持ちよく降り注ぐ森に着くと、直径5~10センチほどの木に絡まる蔓があった。
「蔓は木漏れ日を求めて、上へ上へと伸びていくんです」
見上げると、陽を浴びて透き通った葡萄の葉が見える。
山ぶどうは標高600メートル以上の場所でしか育たず、人が種をまいても発芽することはない。鳥などの動物たちが実を食べ、排せつを通じて運ぶことで森に広がっていく。自然の営みのなかで、生まれる植物なのだ。
「蔓の外側のはがれやすい部分が『鬼皮』、その下の滑らかできれいな皮を『一番皮』といいます。この一番皮を蔓から丁寧にはがし、ひごの元になる皮を得ます。一番皮は、毎年成長して鬼皮に変化しますが、ちょうど梅雨時期に植物の水管で押し出され、鬼皮になる準備を始めるんです。その2週間だけが一番皮を蔓からはがすことができる唯一の期間です。だから僕らはそこを狙って山に入るんですよ」
ところで、山深い森での蔓の採集だ。最近何かと話題のクマに遭遇することはないのだろうか。船生さんに尋ねると、意外な答えが返って来た。